研究課題
国際学術研究
今世紀に入り、炭素、アラミド等の各種高性能繊維が開発、製造されている。これらは航空宇宙分野等における構造部材、スポーツ用品、その他数多くの目的に使用されている高分子系複合材料の強化材としての用途が見出されている。これら高性能繊維の繊維方向の引張特性は近年大幅に向上してきているが、その反面、圧縮特性に関しては引張特性と比較すると貧弱であり、座屈現象等複雑な要因が絡み合って、あまり明白にされていないのが現状である。これらの繊維を強化材とする複合材料においても同様の指摘がなされており、構造部材等として圧縮荷重下において適用されることを考えると、不可避な問題とせざるを得ない。このような背景を考慮し、本研究では先進高性能繊維とそれらを用いた高分子系複合材料の圧縮挙動について詳細に検討してきた。本年度ではまず強化繊維そのものの圧縮挙動を、引張リコイル試験法により検討した。本試験法は単繊維の圧縮強度を簡便に、かつ直接的に得ることができる方法として知られている。対象としたのは主にPAN系炭素繊維であり、しかも高弾性率型のものである。引張弾性率が異なる数種類の炭素繊維について試験し、軸方向圧縮強度と繊維の剛性の関係を明らかにすることを試みた。その結果、各繊維の圧縮強度が定量的に評価され、しかも繊維の剛性が増せば圧縮強度は低下するという知見が得られた。さらに圧縮破壊後の炭素繊維の破断面を走査電子顕微鏡により観察した結果、繊維の剛性が増すほど破壊モードが曲げ破壊モードからせん断破壊モードへと移行したことがわかった。圧縮荷重下においてせん断破壊を呈するのはPitch系炭素繊維の特徴の一つであることから、炭素繊維の剛性を増すことは微細構造の変化に密接に関連し、PAN系よりむしろPitch系の構造に近づいてゆくことなどの推察がなされた。他にアラミド繊維、ガラス繊維についても同様のアプローチを試み、主に圧縮強度に及ぼす表面処理の影響を明らかにした。複合材料全体の特性に重大な影響を及ぼすとされている繊維/樹脂間の界面について、その圧縮荷重下における特性の評価も行った。これについては確立された試験法が存在しないため、まず試験法の検討から開始した。具体的には単繊維を樹脂中に埋蔵させた試験片を作製し、軸方向に圧縮して繊維および界面の変化を観察した。さらに界面伝達効率なる概念を適用して実験結果を取り扱うことにより、圧縮荷重下における界面特性を定量的に評価することに成功した。リコイル試験法による強化繊維の圧縮挙動および単繊維埋蔵圧縮試験法による界面の圧縮挙動についての知見は、次の複合材料全体の圧縮挙動についての議論において有用な役割を果たした。複合材料の圧縮試験では、主に一方向炭素繊維強化プラスチックス(CFRP)を実験対象とし、静的な試験を行った。まずリコイル試験において対象としたものと同一の、異なる剛性を有する炭素繊維を強化材として選択し、これら強化繊維特性がCFRPの圧縮挙動に及ぼす影響について検討した。その結果、強化繊維の剛性が低いと繊維の微小座屈がCFRP中において生じ易くなり、せん断破壊モードを誘起する形で材料全体の圧縮強度が低下することがわかった。また界面特性の見地から考察すると、界面の接着性が悪いと繊維の微小座屈が生じ、同様に圧縮強度向上の妨げとなることが判明した。次に異なるマトリックス樹脂から成るCFRPの圧縮試験も行ったところ、樹脂の剛性が低い場合繊維の微小座屈現象が生じる傾向となり、圧縮強度が低下することが明らかとなった。これらの結果から、圧縮荷重下におけるCFRPの力学的特性を向上させるには、繊維および樹脂の剛性を増し、さらに接着性の高い界面を有する系を選択することが必要であることがわかった。しかし先のリコイル試験における結果において、炭素繊維の剛性を高くし過ぎると繊維の圧縮強度がかなり低下したことを考慮すると、強化材としての炭素繊維には、中間の弾性率を有するものを選択すべきであるという結論を得た。このように、高分子系複合材料の圧縮挙動に対して、その強化繊維、マトリックス樹脂および界面といった各々の構成要素の圧縮強度の寄与を考慮してアプローチを行うことにより、圧縮荷重下においてより優れた特性を有する複合材料の設計指針を得ることができた。
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