研究概要 |
(1)今年度は法哲学班(森際,松浦,西脇)は「場としての法的知識」を明らかにした.多様な解釈が正しく行われる状況の中で,その場にふさわしい推論が選ばれ,「場としての法的知識」が形成される.道具としての法的知識と異なり,それは自分のおかれている場を定義する要素となる.さらに,それはそのような場としての知識のみにあるアイデンティティー形成機能を持つ.現実に一つの解釈と推論を選ぶということは,単に一つの効率的な選択を行っただけではなく,自己決定を通した自己形成を行ったことも意味する. (2)法社会学・心理学班(松村,太田)は昨年度策定したリサーチデザインに基づき,裁判官の判断にとってのキーワードであるスジを明らかにするために,裁判官経験者を被験者として,仮想的な事例を題材としてシナリオ実験を行った(郵送法.調査票送付数1120.有効回答率40%弱).重回帰分析の結果によると,スジの良さの判断に効いているのは原告主張事実の妥当さ,証拠の確かさ,背景事情の分かりやすさ,原告主張の法律構成が事実にそくしているなどである.また,被告の人柄イメージ冷たい,原告の人柄イメージ暖かいなど人柄イメージもスジのよさの判断に効いている.つまり,スジのよさは原告中心の概念である.これに対し,判決のスワリのよさの判断はスジのよさとは余り関係がない.分散分析の結果によると,法律構成の違い,証拠の強弱のみならず背景事情(間接事実)も事案のスジのよさをはじめ事案の評価にかかわる心理学的判断尺度に対する反応に大きな影響を与えている.以上の知見を手がかりに,裁判官の判断構造の認知モデルを作成することができると思われる.
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