研究概要 |
高循環性が要求される触媒反応において、中心金属と配位子間あるいは錯体と基質間での円滑かつ合目的的な電子移動の制御がその効率増強の鍵となる。本研究者らは、複雑なレドックス系をもつルテニウムのなかでも、とくに高い水素分子活性化能力を有する2価ルテニウムに着目し、反応の基底状態から遷移状態への移行にともなう構造変化に柔軟に対応できる「構造の動的しなやかさ」と「活性種の単一化」に効果的な2,2'-ビス(ジフェニルホスフィノ)-1,1'-ビナフチル(BINAP)を配位子とするルテニウム(II)錯体を考案し、近傍に配位性ヘテロ原子を有する種々の不飽和化合物の水素化において高いエナンチオ選択性を示すことを明かにした。平成5年度では、とくに、オレフィン基質として、2-アシル-1-アルキリデン-1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリン類を取り上げ、1)BINAP-Ru錯体やBINAP-Rh錯体の電子的・立体的構造の触媒活性・立体選択性に及ぼす影響、2)反応基質構造とエナンチオ選択性との相関性、3)エナミド基質の基底状態構造の精密解析、4)簡単な分子モデリングによる高エナンチオ選択性発現理由の考察などの項目に焦点を置いて研究を行った。その結果、BINAP-Ruジカルボキシラート錯体やジハロゲン錯体は反応性・選択性ともに高いが、BINAP-Rh錯体を用いると選択性が70%程度まで減少し、面選択性が逆転する。1Z体に比較して1E体の反応性は極めて低い。ab initio計算、NMR実験、X線結晶構造解析によって、基質は本質的にキラル構造をとっており、可能なsickle型とU型の空間配座のうちsickle型が圧倒的に安定であることがわかった。動的NMR実験により、sickle型からU型および基質エナンチオマー間の変換エネルギー障壁と反応速度定数を算出した。(S)-BINAP-Ru錯体を触媒に用いて不斉水素化反応を行った場合、S生成物が優先的に得られるが、可能な空間配座のうちより不安定なR,U空間配座が、S触媒によって選択されていることになる。簡単な分子モデリングによって、エナミド基質のエナンチオ面選択の一般則を説明した。本研究は当初の計画通りに進行しており、平成5年度の研究計画はすべて成功した。
|