F_1F_0-ATPaseは広く生物界に分布しており、多くの生物では、ATP合成酵素として機能している。しかし、酸化的リン酸化能のないenterococciのF_1F_0-ATPaseは、ATP合成とは逆の反応を行い、細胞外にH^+を排出することにより細胞内pHの調節をしている。そのため、本酵素の遺伝子の発現は、細胞内pHにより調節されている。そこで、この調節機構を遺伝子レベルで明らかにするために以下の研究を行った。まず、enterococciのF_1F_0-ATPase operonのプロモーターと思われる部位をCAT(chloramphenicol acetyltransferase)遺伝子の上流に挿入したプラスミドを作製し、このプラスミドを持った細胞のCAT活性を指標にして、F_1F_0-ATPase operonの転写活性を調べたところ、挿入した部位は強い転写活性を持っておりF_1F_0-ATPase operonのプロモーターであることがわかった。更に、このプロモーターの転写活性は細胞内pHの低下により促進された。次に、mRNA量をNorthern blot分析により測定したところ、細胞内pHの低下によりmRNA量は増加した。これらの結果は、F_1F_0-ATPase operonの遺伝子発現は転写レベルにおいて細胞内pHにより調節されていることを示している。しかし、細胞内pHの低下による転写活性の促進は酵素量の増加に比べ低かった。この理由として、細胞内pHによる調節が翻訳レベルにおいても行われている可能性が考えられる。また、作製したプラスミドは細胞当たり複数個存在し、しかもこのプラスミドには調節遺伝子が含まれていない。このようなプラスミドにおける転写調節は、chromosome上でのF_1F_0-ATPase operonの転写調節と量的に異なっている可能性も考えられる。これらの点を今後明らかにしなければならない。
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