細胞に潜伏感染しているHIVプロウイルスの活性化に際して、細胞外からのさまざまな刺激が複数のシグナル伝達経路を経て共通の転写因子NFkBへと伝えられ、これがHIVプロウイルスからの転写を促進する。われわれは、NFkBの活性化に関連する新たなセリンキナーゼ(NFkBキナーゼと命名)を同定した。健常人末梢血リンパ球の大量培養を出発材料とし細胞質S100成分を分離し、さらに各種カラムコロマトグラフィーおよびグリセロール密度勾配遠心法によりNFkB/IkB複合体を精製した。精製したNFkB/IkB複合体を 存在下でin vitroリン酸化反応を行なったところ、NFkBが活性化され、特異的DNA結合能が誘導された。^<32>P-標識ATPを用いてリン酸化される蛋白分子をSDS-PAGEにて調べた結果、NFkBのサブユニット分子p50とp65にリン酸化の起こっていることが明らかになった。この点は特異抗体を用いた免疫沈降反応とin vitroリン酸化反応でも確認した。さらに、p50およびp65をゲルより切り出して抽出し、セリン残基がリン酸化されていることを確かめた。代表的なセリンキナーゼ阻害剤であるH7とH8ではこの酵素の活性は阻害できなかった。また、本キナーゼは自己リン酸化活性この活性を欠いていたので、基質結合反応により分子量を明らかにした。^<32>P-標識azido-ATPと本酵素を含む複合体を反応させ、UV照射によるクロスリンクを行ない、SDS-PAGEで分析したところ、約43キロダルトンの蛋白分子が同定され、本酵素と考えられた。さらに、他の生化学および血清学的検索より本キナーゼが新規のものであることをつきとめNFkBキナーゼと命名した。NFkBキナーゼはNFkBと複合体を形成して細胞質に存在しているため、NFkBを活性化することで知られる種々のシグナルの標的となっていると考えられる。今後、特異的阻害剤のスクリーニングが進めば、エイズ発病阻止薬として使用できるものが見つかる可能性が高い。また、現在進めている遺伝子クローニングによりこの酵素の遺伝子が同定されれば、エイズプロウイルスの活性化過程の理解が分子レベルでさらに進むことが期待できる。
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