細胞の分化と増殖の切り替えのメカニズムを明らかにするため、PC12という細胞を用いて、NGFやEGFの効果を解析している。PC12細胞はNGFで刺激すると神経突起を伸張して神経様細胞に分化するが、このときホスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)の活性化が報告されている。この意味を解析するため、P13Kの阻害剤と考えられるWortmannin(WT)を用いて検討した。この結果、WTはNGF受容体などのチロシンキナーゼ活性を阻害しないこと、ホスフォリパーゼCやp21^<ras>などの活性化にも影響を与えないことが明かとなった。PC12細胞の神経突起の伸張の過程を注意深く観察すると、NGFを作用させた後、形態変化は見られるものの、神経突起が伸張しない前期(initiation)と実際に神経突起が伸張する後期(elongation of neurites)とにわけられ、前期にも後期にもNGFが存在しないと神経突起の伸張が起こらないことが分かる。このとき、前期にWTを存在させても神経突起の伸張には影響がなく、従ってPI3Kの活性は必要ないが、神経突起の伸張時にWTを存在させると神経突起の伸張は即座に停止することから、PI3Kの活性が神経突起の伸張に必要なことがわかった。また、最近別の研究でPC12細胞株から血清存在下では神経突起の伸張が抑えられる変異株を分離した。このことは血清中にこの細胞株の神経突起の伸張を抑制する物質のあることを示唆している。この物質は酸に対して不安定で、60%飽和の硫酸アンモニウムで沈殿した。この物質の活性が若干弱くはあるがPC12野生株にも有効なことから、一般的に神経突起伸張の調節に関与する因子の可能性が考えられ、精製しその実体を明らかにしたいと考えている。
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