本研究計画では、DNA損傷の発生とその修復のプロセスに及ぼす転写の影響に焦点を絞り、特定の遺伝子を標的にしてDNA損傷の程度や修復酵素の作用が標的遺伝子の転写のレベルを変化させることによりどのようになるかを解析した。DNA損傷としてはアルキル化剤による損傷を選び、損傷や修復の程度、また標的遺伝子内での部位特異性を容易に解析する手段として、アルキル化剤により誘発される突然変異の頻度と標的遺伝子内での変異部位の決定を行なった。 まず、変異解析の標的遺伝子としてrpsL遺伝子を用いて、アルキル化剤による誘発変異の標的遺伝子内での分布を検討したところ、標的遺伝子の数ケ所の特定の部位(ホットスポット)に集中してG:C→A:T変異のみが生じることを見いだした。アルキル化剤による前変異損傷O^6-アルキルグアニンを修復する酵素はこの損傷に特異的なメチルトランスフェラーゼであるが、この酵素を持つ細胞と持たない細胞での誘発変異の分布を比較した結果、両者で差は認められなかった。従って、変異のホットスポットは修復酵素の部位特異性に原因があるわけではないと結論された。その代わりに、上記のホットスポットは転写開始点に近いほど強いことから、標的遺伝子の転写がDNAのアルキル化に直接何らかの影響を与えていることが考えられた。 次に、変異解析の標的遺伝子であるrpsL遺伝子をlacプロモーターの下流にクローン化したプラスミドを作製した。このプラスミドをada ogf株に導入し、IPTGの濃度が異なる培地中で増殖させ、アルキル化剤処理を行ない、アルキル化剤によりrpsL遺伝子に変異を生じたプラスミドを多数分離し、DNA塩基配列決定により変異部位を同定した。その結果、ホットスポットの強度は転写の程度により変化すること、その原因はアルキル化損傷の修復に加えて、転写そのものによるDNAの構造変化がアルキル化剤に対する塩基の損傷の受けやすさを変化させることにあることが判明した。
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