コレラ毒素が標的細胞内に侵入して3量体GTP結合蛋白質のひとつであるGsのαサブユニットをADP-リボシル化する際に、低分子量GTP結合蛋白質のひとつであるADP-ribosylation factor(ARF)がコレラ毒素のADP-リボシル化活性を亢進させることを発見し、そのメカニズムを明らかにしてきた。これは細胞内での3量体GTP結合蛋白質と低分子量GTP結合蛋白質との相互関係を明らかにした最初の例である。さらに、ARFと分子量的によく似ているが、コレラ毒素のADP-リボシル化活性を阻害する蛋白質を発見し、その精製に成功した。ADP-ribosylation inhibitor(ARI)と名づけられたこの蛋白質は、NADase活性をもっておらず、しかも、コレラ毒素やGSに対するprotease活性を有しておらず、コレラ毒素のAサブユニットに直接結合してそのADP-リボシル化活性を阻害していることが明らかになった。そこで、ARFとARIに着目してコレラ毒素によって惹起される情報伝達のネットワークをより詳細に解析できるようになった。特に今年度は、特殊な環境下での種々の細胞に対するコレラ毒素の興味深い作用をいくつか明らかにすることが出来た。例えば、コレラ毒素が副腎皮質ミトコンドリアでのCa^<2+>の透過性とpregnenolone産生を亢進させること、あるいは、長期飲酒ラットの肝臓では、コレラ毒素がGsαをコントロールに比較して圧倒的に強くADP-リボシル化することなどである。これらの現象を初めとして、いくつかの実例ではコレラ毒素のみに注目した解析では説明できないことが多く、未知の領域として残されていた分野である。しかし、ARFとARI、あるいは他のいくつかの似たような因子が、これらの現象において重要な役割を演じている可能性を示唆する成績も得られて来ており、コレラ毒素を用いた情報伝達のネットワークを新たな視点から具体的に解析できるようになった。
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