ある種のウイルスは生体膜の融合を起こすことによって宿主細胞に感染する。インフルエンザ・ウイルスの場合は、ヘムアグルチニンHA2のN-末端部分約20残基ほどがこの膜融合と直接かかわっていることが推定されている。我々の以前の研究から、この部分のアミノ酸配列に対応する約20残基のペプチドによって人工膜小胞の融合を誘起できることが判っている。ペプチドが膜融合活性を持つためには、膜と相互作用するための両親媒性構造が必須であるが、両親媒性ペプチドすべてが融合活性を持つわけではなく、アミノ酸配列にある条件が必要なことは明らかである。本研究では、膜融合を誘起するためにはペプチドはどのようなアミノ酸配列を持たねばならないか、それは立体構造とどのように結びついているかを明らかにしようとした。そのためにインフルエンザ・ウイルス・ヘムアグルチニンHA2のN-末端部の20数残基部分のアミノ酸配列から出発して、両親媒性構造を保つために各残基の疎水性の程度は保存しつつ、側鎖の大きさを変えるように残基置換した(一ペプチドあたり一カ所に限ったものを主とする)ペプチド約60種を合成し、その膜融合活性を測定した。その結果、残基置換がそのペプチドの活性発現に及ぼす影響は置換位置によって著しく異なることが明らかになった。これらペプチドの大部分はリン脂質膜存在下でαヘリックスを作り、両親媒性によって脂質膜と相互作用するのであるが、αヘリックスの形成は活性発現に必要ではあるがヘリックス含量が高くても活性のないものがあり、αヘリックス含量と活性との関係は一意的でない。アミノ酸配列と活性との関係は、ペプチドの両末端残基(ともにグリシン)と、ほぼ中央に位置するグリシン12、13の重要性を示し、残基側鎖の大きさ又はαヘリックス上の安定性の特異的な分布がリピドに擾乱を与えるペプチドの構造として重要であることが判った。
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