ミトコンドリアは呼吸を通して、貯蔵エネルギーを生物が利用しやすいATPに変換する。しかし高等植物のミトコンドリアゲノムは構造が複雑で、ゲノムの分子構造と機能の関係が余り解明されておらず、育種へ応用が限定されている。本研究ではイネのミトコンドリアゲノム全体の遺伝子の位置を特定し、転写を調べ、それから遺伝子発現の制御因子についても解明し、その改変による育種への応用の基礎データを得ることをめざした。 ミトコンドリアゲノム全体の転写領域を特定し、詳しく解析しゲノムの物理地図上に位置を示した。その過程で、ABC型ヘム輸送タンパク質の遺伝子であるhelC(orf240)とNADH脱水素酵素のサブユニット6の遺伝子であるnad6をtrnN遺伝子の近傍に新たに見つけ、遺伝子の塩基配列を決定した。 次に転写単位の転写開始点を、in vitro キャッピング法とRNaseプロテクション法で調べた。その結果、イネにおいてもCRTAがミトコンドリアのプロモーターの中心配列であることが明らかになった。さらにミトコンドリアゲノムにおける遺伝子発現を解析した結果は、その機構は非常に柔軟であることを示している。たとえば、trnfM遺伝子はrrn26の上流から複製された76塩基の共通配列をプロモーターにして転写される。また葉緑体から転移したtrnHの転写にミトコンドリア特異配列がプロモーターとして働いたり、葉緑体転移配列がミトコンドリア固有の遺伝子であるnad9を発現させていたことも明らかになっている。これらはゲノムの構造変異に対応して遺伝子発現も柔軟になっていることを示している。ミトコンドリアはエネルギーの消費器官であり、その活動は必要最小限に限られるべきである。これらの機構は微妙な発現制御を可能にし、移動の自由がない植物が種々の環境かで生き延びるための戦略であると思われる。
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