哺乳動物の細胞は微量の放射線に対しても鋭敏に応答し多様な生理活性を発現する。本研究は、この放射線応答の分子機構を明らかにし、放射線影響の新しい生物学的基盤を確立する目的で平成5年より出発した。昨年度までの研究から、微量放射線を受けた細胞はその後の放射線による染色体異常や突然変異の誘発および致死効果に対して耐性となるが癌化し易くなり、その至適線量域は0.1Gy以下にあり、酸化ラジカルを認識して初期応答遺伝子であるjunやfos遺伝子を発現していることが明らかとなった。本年度はこの初期応答に至る情報伝達の機構を明らかにする目的で関与する情報伝達系を検討した。その結果、X線刺激は細胞膜のリン脂質の分解に働くδ型フォスフォリパーゼを介してCキナーゼおよびp38キナーゼに情報が伝達され初期応答遺伝子が発現することが示唆された。紫外線照射によって誘導されるJNKキナーゼの活性化は見られず、細胞はX線刺激を紫外線刺激とは違ったシグナルとして受け止めて反応しており、放射線特有の情報伝達系があることが明らかとなった。初期応答遺伝子の発現は細胞を適応応答に導くと共に増殖刺激としても働き細胞増殖や癌化を促進する。低線量放射線に対する細胞応答に関するこれまで3年間の結果から、低線量放射線長期連続被曝(低線量率被曝)による放射線影響をコンピューターによりシミュレートした結果、線量率を下げると突然変異は一過性に低下するが、癌化はむしろ線量率の低下と共に上昇し、いわゆる逆線量率効果があることが示唆された。
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