今年度の研究目的は、盲人の体性感覚系の能力を実験的に検討することであった。そこで、盲人が起立している台を前方あるいは後方に移動させ、そのときの下肢の筋活動(前脛骨筋と腓腹筋)の潜時を測定し、晴眼者の値と比較することにした。また、被検者が起立台の移動を知覚し、右手に持ったボタンを押すまでの反応時間を計測した。被検者は全盲の男性11名(年齢は19歳から25歳)と晴眼者5名(年齢は22歳から25歳)である。その結果、前脛骨筋と腓腹筋の移動刺激に対する潜時は全盲者と晴眼者の間で差異は見られなかった。全盲者と開眼時の晴眼者の前方移動刺激に対する前脛骨筋の平均潜時は、109msであった。後方移動刺激に対する腓腹筋の平均潜時は、全盲者が111ms、開眼時の晴眼者が119msであった。これは、全盲者と晴眼者の伸長反射機能に差異がないことを示唆している。 一方、反応時間、すなわち体性感覚刺激に対する反応時間は、前方移動と後方移動の両条件のいずれにおいても、全盲者が晴眼者よりも有意に速かった。この結果から、全盲者の体性感覚機能が優れていることがわかった。優れた体性感覚機能が、起立台の前後移動刺激に対する盲人の直立時の姿勢保持の安定に寄与しているのではないかと考えられる。またこの結果から、すでに先行研究で指摘されている盲人の聴覚野、体性感覚野の補償機能との関連性が推察される。視覚を失った盲人は、脳の補償機能と関連した非視覚性の直立姿勢保持システムを発達させているのではないかと考えられるが、この点については、今後さらに追及してみたい。
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