脳弓前部両側性損傷例と左海馬損傷例とは、共に逆行性健忘のない純粋な前行性健忘であることが種々の検査で確認された。記憶障害の質の点では両者の間に特に際だった差異はないが、脳弓損傷例の方が一過性でより顕著な回復を示した。 前脳基底部損傷3例は、Damasioらの有名な症例Boswellとは異なって病巣が海馬には及んでおらず、むしろ前頭葉の内側面を含み、逆行性健忘を主とする臨床像を呈していたが、前頭葉機能障害も顕著であった。 右膨大後部皮質損傷例は、地誌的記憶の特異的な障害を示したが、これとほぼ対称的な部位に損傷を持つ左膨大後部皮質損傷例は、言語性を主とした一般的な記憶障害を示していた。この左右差が、半球機能側性化によるものなのか、あるいは細胞構築学的にも複雑な膨大後部皮質の微妙な病巣部位の違いによるものなのかは、目下検討中である。 視床前部梗塞例では、検討した10例(左病変6例、右病変1例、両側病変3例)全例に、前行性健忘を主とした記憶障害が認められた。いずれも言語性記憶、視覚性記憶がともに障害されていたが、左病変では言語性、右病変では視覚性の障害が優位であった。逆行性健忘は、左病変2例と右病変2例に認められ、作話は左病変1例と両側病変3例に観察された。画像診断の結果は、どの症例も視床前部梗塞病変に加えて主として同側の前頭葉から側頭葉にかけての病変が認められ、急性期の意識障害、慢性期の自発性低下など、それに対応する機能障害が捉えられている。
|