研究概要 |
本年度の研究目標,及び実績(付随的に,問題点)は以下の通りである. 本年度の目標は9世紀初頭のシッダンをめぐる文化状況を空海,円仁を中心にして把握することであった.特に空海の『三十帖策子』,円仁の『入庸求法巡礼行記』のシッダン関連事項の精査であった. 空海の『三十帖策子』に関しては,特に重要な意味を有すると思われた第26帖所収の「八曼荼羅経」の精査を行うことができた(次項「研究発表」を参照).その結果,空海の長安におけるシッダン学習の実態を具体的に知る基礎データを得ることができた.その要点を言えば,空海のシッダン学習は真言(マントラ)との強い相関性において企画された,ということである.このマントラとシッダンの空海における意識的結合は以後の日本シッダン学の趨勢を決定する要因となったのではないかと推察される. また,空海のシッダン学習のそのような基本的動機は,円仁のシッダン学習をも大きく規制していたことが,空海と円仁の将来目録(『請来目録』,『新求聖教目録』等)の分析を通じて明らかになった.円仁に関しては基礎的な資料を揃えるということ以上のことが実質的には出来なかったが,「台密」のシッダン研究の展開(特に,次年度の課題である安然のシッダン学への展開)への展望を開くことができた. また,弘仁天長期における日本のシッダン受容が,空海のマントラ思想の文脈とは別の所で,書という芸術ジャンルを通じて行われた可能性があるという作業仮説を立てることができた(次項「研究発表」を参照).密教受容そのものが当時の「漢風全盛」の時代風潮と無関係ではなかったのだが,シッダンの文化価値が密教教義を通じてのみ獲得されたのではないということを明らかにすることができたように思う.このことによって,シッダンの影響が宗教の枠を超えて文化的広がりを持つ機縁を得たのではないかと推察され,日本シッダン学の系譜研究に具体的な展望が開かれた.
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