談話理解の基本的手続きとして、談話中に導入された談話指示対象の追跡管理があり、これを談話表示理論を基にした手法で行うことができる。談話表示理論は談話中に登場する個体ばかりでなく、さまざまな存在論的対象にも言及可能であり、時制情報に関する推論では特に出来事を指示対象として取り上げる必要がある。出来事を指示対象とする推論は談話表示理論のもともとの提案にも含まれているが、自然言語にもとづく推論に際して、言語表現の語彙的意味から生ずる制約に注目することが考えられる。これらの制約はモニタギュ-文法でモデルを制限するために用いられる意味公準に相当するものであるが、時制情報の推論には動詞、名詞の時相的特徴が特に強い制約を与える。この知見を具体的な自然言語インターフェイスに実現するまでには、基礎的な研究のいくつかの段階を踏まなければならない。第一に、与えられた文乃至発話全体の時相的性格を文脈を考慮に入れながら、構成要素の表現の時相特徴から算出するアルゴリズムの問題がある。自統的な時相分類を一般化された量化詞の理論と結びつけようとする研究(ter Miilenなど)もあるが、大ざっぱな類似性の指摘にとどまっている。第二に、実際のシステム上で使用可能な意味表示の問題がある。従来のモニタギュ-文法を一般化したMuskensのラムダ表記などは表現力が大きく、メモリ状態の更新という動的な解釈を与えやすい。したがって、発話情報と文脈情報による時制に関するいくつかの種類の推論を統一的に扱うラベル付演繹体系へ適合性は高いと考えられる。このような見通しを持って今後の研究を続けて行きたい。
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