研究概要 |
昆虫には,雄雌のコミュニケーションの手段として化学物質を利用しているものが多い.その大部分は雌が分泌し遠くの雄を誘引する物質であり、逆に雄が分泌し雌に作用するフェロモンについての研究例は少ない.雌がフェロモンを放出する場合でも雄がフェロモン源に致達したあと,何らかの相互認知段階を経て交尾に至り,そこに雄フェロモンの介在している場合が多い.数種の鱗翅目ならびに直翅目についての雄フェロモン機能および化学的性質の解明を目的に以下の研究を実施した. 1)鱗翅目昆虫の雄フェロモン マダラチョウ類の雄はヘアペンシルをひろげ雌にプロポーズする.一般に雄はヘアペンシルに蓄えるフェロモン成分を獲得するためピロリジディンアルカロイドを含む植物を訪れなければならないが,同アルカロイドを含有する植物を寄主としている先祖種オオゴマダラ雄のヘアペンシル成分を調べた結果アルカロイドフラグメントのダナイドンとネシン酸部により生成した新規ラクトンの存在を明らかにすることができた。このほか脂肪族、テルペン、フェノール系物質を同定した.またオオゴマダラの雄は一連のフェノール性物質に強く誘引され,その成分をヘアペンシルに選択的に摂取することが判明し,その取込み過程を追跡した.一方、ハマキガ類のヘアペンシル成分についても化学分析を進めた。 2)直翅目昆虫の雄フェロモン チャバネゴキブリの雄は背面より分泌物を放出し,雌がこれをなめている間に交尾する.多数の雄成虫より背面腺組織を摘出し,その抽出物の雌に対する効果ならびに成分検定を行った.極めて微量かつ複雑な成分素であり活性成分の特定には至らなかった.同様の雌誘引分泌腺をもつアオマツムシの分泌物を集積し,主成分の一つであるクエン酸を同定した.本物質は雌に対して顕著な摂食刺激活性を示すことから性フェロモンとしての役割を実証することができた.雌による雄背面分泌物の摂取は単なる栄養補給のみならず,内分泌系に作用して卵巣発育を促進する可能性も考えられ,生理学的な効果についても追究を試みた.
|