研究概要 |
この間の研究代表者らの研究で、温泉水の流入によって、無機酸栄養湖となっているわが国の屈斜路湖、田沢湖等の堆積物中に共通して、一連の特異な長鎖anteiso化合物群(炭化水素、脂肪酸、アルコール)が検出された(Fukushima et al.,1993)。これらの化合物群は、中性ならびに強酸性の湖沼堆積物では認められないことから、ある限られたpH範囲の特異な生物生息状況を反映するものと考えられた。そこで本年度は、温泉水の流入以外の原因、すなわち岩石中の硫化物が空気酸化されて流入したため、上記の湖沼と同程度に酸性化している湖沼に焦点をあて、志賀高原の大沼池を調査した。1993年7月に同湖の最深部において、約20cmの柱状堆積物を採取し、これを2cm間隔で切断し、脂質化合物を抽出、GC-MS分析した。大沼池は、観測期間(93.7-12月)において湖水のpHが5.0前後で一定であり、上述の田沢湖や屈斜路湖の最近の値とほぼ同程度であった。しかし、底質の表層から下層に至るまで、問題としたanteiso化合物は検出されなかった。この意味を深るために、屈斜路湖、大沼池両湖水系の主要イオンを、本年度導入したイオンクロマトグラフにて分析し、相互に比較すると共に、湖水のpHの生物指標として提起されている堆積物中のケイ藻殻を観察、種構成を吟味した。屈斜路湖の柱状堆積物は、93年10月に新たに採取した。この結果、両湖とも酸性を好むEunotia sp.などが卓越するという特徴を示すものの、ケイ藻の量は屈斜路湖の方が圧倒的に多く、大沼池の生物生産が、極めて貧弱であることがわかった。脂質成分の分析結果も、大沼池は外来性有機物の寄与が圧倒的に大きいことを示し、このことは、anteiso化合物の出現が、湖内生産力と深く関連していることを示唆した。引き続き、anteiso化合物のpH化学指標としての可能性を評価するべく、この相対量が、柱状堆積物で大きく変動する屈斜路湖について分析を進めている。
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