研究概要 |
本研究の目的は,酸性化によって著しく影響を受けた陸水系において、環境条件を反映するような化学的・生物的指標を見出すことである。中でもその場に生息する微生物は、水質の変化にもっとも敏感に反応すると考えられることから、本研究では、堆積物中に分子化石として残され得る有機化合物に着目した。この目的に沿って、無機酸性湖として知られるわが国のいくつかの湖沼(pH=3:屈斜路湖・恐山宇噌利湖・田沢湖・猪苗湖・志賀大沼池)堆積物柱状試料において、脂質化合物とケイ藻化石を分析・観察した。これらの湖沼は、火山性の酸性温泉水や、火山岩中の硫化鉱物を浸出する河川水の流入の影響を受けて、酸性化しており、中には、人為的な導水や地震など比較的近過去のイベントによって、著しく水質の変動したことが知られている湖も含まれている。水系の調査・湖沼の化学的記載には、本科学研究補助金で購入したイオンクロマトグラフを使用した。ガスクロマトグラフ及びがスクロマトグラフ-質量分析計による有機物分析の結果、硫化鉱物浸出水の影響を受ける湖の一例である志賀大沼池を除き、酸性温泉水の影響下にある湖沼堆積物で、アンテイソ骨格を有する、一群の特異な長鎖分枝炭化水素・アルコール・脂肪酸が検出された。柱状堆積物試料において、これら特異的な化合物群の存在量を見ると、過去に知られている湖水のpH条件を大きく変えたイベントの生起と良く対応し、また酸性条件の生物指標として広く応用されて来ている、ケイ藻の種構成の変動の特徴ともおおむね一致した。この脂質化合物群の起源生物についてはまだ明らかでないが、湖外から持ち込まれたものではなく、湖内で生産されたものであることはほぼ確実であり、今日の地球規模での酸性雨問題や、過去の地殻変動等に伴う、水環境の変動の、有力な生物地球化学的指標になるのではないかと期待される。
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