生体中での微量元素の生理作用の研究において、微量元素の生体内分布および共存元素に関する情報は非常に重要であるが、この点に関してマイクロビームスキャニングによるPIXE分析法は強力な分析法である。我々は、数100mum程度の陽子ビームを用いて、人体臓器組織中の元素分布を組織学的なレベルで調べた。その結果、元素分布の相対的なプロフィールをX線強度の変動として捉らえることは容易だが、元素の定量性に関しては問題点が多いことが明らかになった。 一方、粉末や液体試料であれば、内部標準添加法が使えるが、生物組織と元素分布の対応を非破壊で観察する目的には合わない。そこで真空蒸着により試料表面に金属の薄膜を作り、これを内部標準とする方法を検討した。その結果、この金属薄膜は厚みのある試料のチャージアップを防ぐことにも役立つし、ビーム形が不安定だったり、試料が照射野からはみ出した場合でも比較標準となることを確認した。そこで、平成5年度前半は、特注のカーボン-Pd(パラジウム)、電顕用のPt-PdとPd単体を内部標準物質の材料として真空蒸着装置を用いて、Pd薄膜を形成し、PIXE法で3者を比較した。その結果、Pd単体が内部標準薄膜の材料として最適であることが明らかとなった。そこで、今までの成果を踏まえて、生体試料の分析を行なった結果、腎臓でも皮質と髄質とでは、明らかに微量元素の組成が異なることを認めた。一方、初年度に購入した高速液体クロマトグラフィーにて生体組織を分画して、各画分ごとの元素の存在形態を明らかにする研究を行なっている。 以上、我々の確立した金属薄膜蒸着法で、厚い生体試料中微量元素の非破壊定量が可能になった。また、イオンビームを絞り、組織試料中元素のマッピングをすれば、非破壊で化学形を決定することも可能であることが示唆され、今後この方面にも研究を発展させる予定である。
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