研究概要 |
植物の液胞は、細胞生長、浸透圧調節、塩類および二次代謝産物などの輸送と貯蔵に重要な役割を果たしており、その原動力は液胞膜にあるプロトン輸送酵素(H^+-ATPase、H^+-PPase)によって生み出される。亜熱帯原産のヤエナリでは、液胞膜H^+-ATPaseの低温による早期失活が液胞内pHの上昇と細胞質pHの酸性化を引き起こすことから、本酵素は細胞内のイオン環境の恒常性維持にきわめて重要な働きを持つと考えられる。これと対照的に低温耐性なエンドウ(温帯植物)では、本酵素は低温に安定で長期間機能が維持される。10数種の植物について検討したところ、本酵素のin vivo条件での低温安定性は植物の低温耐性と密接に関連していることが示された。分離された液胞膜小胞画分にMgATPと共に異なる濃度のchaotropic anionを加えて低温でインキュベートしたときの酵素失活について比較検討したところ、低温耐性植物と低温感受性植物ではアニオンに対する感受性に著しい違いが認められた。とりわけ、亞硝酸イオンに対する感受性の違いは際だっていた。亞硝酸イオン感受性から本酵素は低温耐性型と低温感受性型に明確に区別される。精製酵素標品についてサブユニット構成を比較すると、68,57,16,13,12kDaの5種は全ての植物に共通であるが、30-42kDaの4種のサブユニットには分子サイズに違いが認められた。16kDa(Vo)の等電点は低温耐性型酵素はより酸性側であり、免疫化学的な性質も著しく異なっていた。ヤエナリの16kDa抗体は低温感受性型のそれを認識できるが低温耐性型のそれを全く認識できない。この事実は、16kDaの分子構造が酵素複合体の低温安定性を大きく左右する要素の一つであることを示唆しているものと思われ、現在、分子構造特性の解析を急いでいる。
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