現在、石油の主成分であるパラフィンの生物分解には酸素が必須であるといわれている。本研究で使用するHD-1株は我々のグループが独自に国内の油田から分離した細菌であり、嫌気条件下すなわち無酸素条件下において石油を生育に利用する特徴を有する。同種の特徴を有する細菌についてはドイツで一例報告(1991年)されているが、その分解経路についてはその後も報告されておらず、生物の嫌気分解に関してはいまだ議論の多いところである。本年度においては、石油成分であるテトラデカン(パラフィンの一種)のHD-1株による分解経路について解析した。テトラデカンを1%含む培地にて2週間嫌気培養したHD-1株を集菌後(乾燥菌体重量100mg相当)嫌気環境下(CO_2:H_2:N_2=5:5:90)にて2.5mlのリン酸緩衝液(40μlのテトラデカンを含む)に懸濁・密栓後、37℃で反応させた。0、15、30、60分後の反応物についてそれぞれ4mlのCCl_4で抽出をおこない、赤外分光法によりスペクトルを測定したところテトラデカンには見られない吸収バレーが1000cm^<-1>付近で認められた。これはテトラデカンが酸化分解された結果生成した反応中間体に不飽和結合が含まれていることを示唆するものである。また、この吸収がテトラデカンを加えない反応物中では検出されなかったことから、細胞由来の成分ではないことも別途確認した。次に、その生成量が最も大きかった30分後の試料について反応中間体の分離精製をガスクロマトグラフィー法により試みた。分離を容易にするためにいくつかの化学修飾剤による誘導化も併用した。最終的に反応中間体のトリメチルシリロキシ誘導体が取得された。ガスクロマトグラフ質量分析装置によりその構造を解析した結果、この分解(代謝)中間体は1-ドデセン(オレフィン)であると推定された。これまでにも生物によるパラフィン類の嫌気代謝中間体としてオレフィンの存在が予想されていたが、実証した例はない。今回、本研究により酸素を利用しないパラフィン類の代謝経路が実際に生体内で機能していることが明らかになった。
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