本研究は、チロシンリン酸化を介する細胞相互の認識、細胞骨格構成の制御機構を病態生化学的に解明することを目的として立案された。癌遺伝子産物の酵素活性として発見されたチロシンキナーゼは、正常の細胞増殖・分化、免疫応答、血小板凝集等を初めとする多彩な生命現象に拘りつつあることが明きらかとなってきた。しかしながら、これら諸現象の生化学的実態はいまだ十分解明されていない。これは主として、チロシンリン酸化蛋白の多くは極めて微量な為検出が困難を極めた事による。我々は、この手法上の弱点を克服する事をめざし、高品位の高ホスフォチロシン抗体の作製に成功し、様々な増殖因子刺激、細胞癌化に伴う、細胞骨格の異常を解析してきた。 さて、細胞骨格の構成は、骨格成分蛋白質によって制御されると共に、細胞外の細胞基質間接着によっても制御されている。本年度我々は、細胞外マトリックスを分解する酵素マトリックスメタロプロテイナーゼに注目して研究を行なった。我々の研究から、チロシンリン酸化が癌細胞の浸潤・転移を促進するメタロプロテイナーゼ・MMP2を活性化する事が判明し、その活性化につながるシグナル伝達系の概要を明らかになった。またチロシンキナーゼの中でも、癌遺伝子産物Srcキナーゼは、MMP2の活性化を著明に促進するが、インターフェロンによって活性化されるJAKキナーゼは、Srcキナーゼと競合的に作用し、MMP2の活性化を阻害することを明らかにした。また我々は、ある種の重金属がチロシンキナーゼを活性化し、細胞骨格構成の変化をもたらし、リン酸化蛋白が細胞骨格と強く結合する巨大な複合体を形成することを見いだした。複合体中のこれら蛋白の構造、機能の解明は、細胞骨格構成の制御機構を明きらかにしていく上で、重要な課題と考えている。また我々は、ガングリヲシドGM1が神経成長因子受容体のキナーゼ活性を制御することを明らかにした。 以上の成果を基に、今後更にチロシンリン酸化を介する細胞骨格構成の制御機構を解析していきたい。
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