甲状腺ホルモンは大脳を含めた中枢神経系の発育、機能発達に不可欠であるが、その作用は他臓器に比較し、いくつかの点で特殊である。本研究では、ラットをモデルとして脳における甲状腺ホルモンによる標的遺伝子の転写段階での作用の特殊性を規定する因子の解析を行った。リンゴ酸酵素遺伝子は肝臓では甲状腺ホルモンによる誘導を受けるが、脳では発現レベルが高いにもかかわらず、甲状腺ホルモンによる調節を受けない。リンゴ酸酵素遺伝子プロモーター領域をDNAプローブとしてelectrophoretic mobility shift assay(band shift assay)を行ったところ、in vivoの甲状腺ホルモン投与により肝では特異的コンプレックスを形成する因子の出現が認められたが、脳ではこのような因子の出現は認められなかった。また、in vitroで発現させたラットα甲状腺ホルモン受容体とともにリンゴ酸酵素遺伝子プロモーター領域に存在する甲状腺ホルモン応答DNA配列をもちいてband shift assayを行ったところ、肝、脳ともに受容体・DNA結合を安定化するthyroid hormone receptor auxiliary protein(TRAP)の活性が認められたが、それらの泳動パターンは相互に異なっており、臓器特異的TRAPの存在が強く示唆された。これらのTRAPの活性に対してはin vivoの甲状腺ホルモン投与の影響は認められなかった。以上のように甲状腺ホルモン作用の臓器特異性を規定する因子として、少なくともTRAPおよびTRAP以外の特異的転写因子の二種が存在することが明らかになった。NGFI-A遺伝子プロモーターでは脳の発育段階に特異的なTRAPの存在が示唆されており、現在、これらについてレチノイドX受容体との異同も含めて検討中である。
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