本研究は虚血性中枢神経細胞傷害、興奮性アミノ酸および細胞環境としての酸塩基バランスの連関を評価すべく、脳組織切片潅流モデルを用いて、中枢神経細胞の虚血性障害に対する細胞内外pHの影響およびN-メチル-D-アスパルテート(NMDA)に対する中枢神経細胞の膜機能、細胞内Ca^<2+>応答を中心に検索を進めた。(1)海馬切片に対する低酸素・無グルコース潅流による細胞内Ca^<2+>上昇は、酸性(pH6.8)では強く抑制され、アルカリ性(pH7.8)では促進された。(2)この細胞内Ca^<2+>上昇の抑制は低HCO_3^-、乳酸添加、高CO_2等いずれの酸性化によっても観察された。(3)酸性潅流液中では低酸素・無グルコース負荷による膜電位脱分極の進行が緩徐で、負荷後のfield potentialの回復も高率であった。これらの結果は海馬切片においてアシドーシスが低酸素・無グルコースによる神経細胞障害を抑制することを示唆している。さらに、NMDAチャネルブロッカーMK-801による細胞内Ca^<2+>上昇の抑制は低pHによる細胞内Ca^<2+>上昇の抑制に比較して小さく、両者の効果に相加的作用が認められないことから、アシドーシスによる細胞内Ca^<2+>上昇抑制にはNMDA受容体の抑制以外の作用も重要と考えられた。一方、海馬スライスにNMDAを適用すると、CA1錐体細胞では膜脱分極とともに細胞内Ca^<2+>の増加が観察されたが、アンモニウムイオン共存によってこの膜電位の興奮性応答は増強し、NMDA適用後も持続した、また、細胞内Ca^<2+>上昇も長時間持続させた。アンモニウムイオンはシナプス伝達に対し抑制的に作用するが、虚血等によりグルタミン酸が遊離した場合にはその神経毒性を増強する可能性があることが示唆された。
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