研究概要 |
平成7年度においては,西表島における代表的なマングローブ林が分布する仲間川,船浦,浦内川の3ケ所を選定して,マングローブの軟体動物群集の調査を行い,センニンガイ[Telescopium telescopium(Linne)]の死殻を数多く採集した。センニンガイ属 (Telescopium)は,インド洋-西太平洋動物区の熱帯のマングローブの軟体動物群集を代表するウミニナ科(Potamididae)の巻貝である。本属の化石の産出は熱帯気候下で成立したマングローブの存在を指示するものとして古生物学者や生態学者から特別な注意が払われてきている。センニンガイは沖縄本島,八重山諸島の完新世の隆起海岸堆積物から,また,沖縄本島の貝塚時代前期の貝塚から産出する。ところが,現在のマングローブにおいては,八重山諸島で殻の色彩が残る保存良好の死殻が得られるものの生貝が発見されないため,南西諸島における本種の生息には疑問が投げかけられてきた。 今回,センニンガイが現生している可能性を探る目的で,保存状態の極めてよい死殻を選び^<14>C年代を測定し,330±80yr.B.P.(NUTA-3048)の年代値を得た。この結果は,マングローブの泥底表面のセンニンガイの死殻は現在生産されているものでは無いことを示している。生貝が採集されない事実をあわせ考察すると,八重山諸島においてもセンニンガイは既に消滅したものと判断される。南西諸島の後氷期におけるセンニンガイの分布の変遷は,後氷期の温暖期(Holocene Cimatic Optimum)に熱帯海洋気候の前線(tropical front)が北上し沖縄本島の北部付近まで進出した後,その後の気温低下に伴い次第に撤退しフィリッピン群島北部付近まで南下したことと調和的である。後氷期におけるセンニンガイの分布の変遷は,地質時代における熱帯性種の分布の変遷を考察する上での重要な基礎資料といえよう。
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