筋肉は生物のもつ化学-力学エネルギー変換器で一種の生物エンジンと言っても良い。ミオシンは筋肉運動の原動力を担うタンパク質であるが、その頭部にはアデノシン-5'-三ーリン酸(ATP)を結合して分解する酵素作用があり、この作用で得られる化学エネルギーを直接力学エネルギーに変換して筋肉を収縮させる。しかしながら、このエネルギー変換の分子機構については不明なことが多い。本研究では、ミオシン頭部内でアクチンやATPが結合すると構造変化が誘起されるフレキシブル領域の分布を探り、これらの領域で誘起される構造変化がどのようなタイプのものか、またそれがミオシンのモータータンパク質としての機能にどのようにかかわっているのか検討した。 ミオシン頭部(S-1)にある反応性の高いCys-707(SH1)に螢光試薬を標識して行った実験から、SH1周辺もフレキシブル領域の一つであることがわかった。さらにこの領域は、ミオシンがモータータンパク質として機能するための重要な情報を伝達するために必須な“通信経路"として機能していることも示唆された。 一方ATP結合ポケットに特異的に結合する螢光色素を使った実験から、ATP結合ポケット自身も非常にフレキシブルで有ることが明らかになった。この領域は本来揺らぎの大きな構造をとっているが、ATPを結合して加水分解している最中は揺らぎの小さい硬い構造をとることも示唆された。 今後の課題は、これらのフレキシブル領域で起こる構造変化が、どのようにしてより次元の高い筋肉の滑り力発生のための動きに連動してゆくのかを別の方法を使って解明することである。
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