脊椎動物の網膜からの神経は、中脳にある視覚中枢(視蓋)に対して位置特異的に投射する。すなわち、網膜の前側から伸長した軸索は、視蓋の後部に、網膜後側から伸長した軸索は、視蓋の前部に特異的シナプス結合する。この特異性を決定する機構として、網膜の前側と後側から伸長する軸索の間に「差異」があることが提唱されてきた。しかし、網膜の前後でのどのような分子的な違いが、こうした領域特異的神経結合に関わっているかについては未知のままである。我々は、ニワトリ網膜の前側と後側で発現の差がある分子を単離するため、cDNAレベルでのサブトラクションクローニングを行った。その結果、網膜前側でのみ発現している分子を1個、そして後側でのみ発現している分子を5個単離することに成功した。昨年度までに、同じ分子ファミリーに属する2つの転写因子が、ひとつが前側、もうひとつが後側というように網膜の前後軸で相補的に発現していることを明らかにした。本年度はこれらの因子をレトロウィルスベクターを用いて、網膜視蓋結合が発達する前のニワトリ胚の網膜に異所的に強制発現させたみた。その結果、このような胚では網膜から視蓋への領域特異的神経結合の様式が前後軸に沿って変換していることが明らかとなった。このように、これらの分子が、網膜神経節細胞の位置的な運命決定すなわち、神経投射の領域特異性決定に関わっていることが明らかになった。一方、領域特異的に発現する他の分子についても、現在、構造と発現の解析を進めており、本研究により、領域特異的神経結合の分子機構の解明のための手掛かりが得られたと考える。
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