研究概要 |
哺乳動物における中枢神経回路網の損傷後の修復可能性を明らかにするため,新生ラットの脊髄髄節を置換する実験を行った.宿主としてWisterラットの生後2日齢のものを用い,移植のための脊髄髄節は同種ラットの胎生14〜16日の胚から摘出した.摘出した脊髄髄節を宿主の切除された脊髄髄節の空所に,実験例では正常な吻尾背腹の方位をもちかつそれぞれの切断端が接するように移植した.対照例では吻尾あるいは背腹の方位を逆転して移植し,あるいは坐骨神経を移植し,あるいは移植せずに空所のままで放置した.実験例では32例中14例で移植髄節は生着し空所を埋めて宿主の髄節に癒合し継目のない一つの脊髄を形成していた.吻尾あるいは背腹の方位を逆転して移植した対照例ではそのような移植髄節の生着を認めることはなかった(0/8).しかし,坐骨神経移植例の中には移植片が空所を架橋しているものが認められた.脊髄腰膨大と上位脳をつなぐ神経結合を順行性・逆行性標識法で検索した結果,髄節置換の成功した実験例では移植片を通って強力な上行性ならびに下行性脊髄伝導路が形成されていることが判明した.これに対して移植した坐骨神経を通る神経結合は量的にも距離的にも比較にならないほど貧弱であった.空所を埋めることなく放置した例では,当然予測されるように,腰膨大と上位脳の間に神経結合は生じていなかった.実験例における上行性・下行性脊髄伝導路は機能的に活動性を有するものであることが電気生理学的に確認された.髄節置換の成功した例では前肢と後肢を協調させて歩き,金網を登り降りし,空中に放り上げれば立ち直り反射は移植髄節を越えて後肢におよび正常な動物と同様に四肢で直立して着地することが行動学的に観察された.本研究結果は哺乳動物の中枢神経系が,従来の定説とは違って,再生と自己組織化の大きな潜在能力を有していることを明らかにしており,中枢神経回路網の損傷後の修復可能性を示すものである.
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