本研究による成果は大きく以下の二つに集約される。その一つは血管内皮細胞の血流情報感知機構に関してカルシウム・イオンを介する経路の存在する可能性が示されたことと、他は血流刺激に対する内皮細胞の応答の中で、白血球との接着に関わる分子の発現が蛋白及び遺伝子レベルで変化を受けることが判明した事である。具体的には感知機構に関しては、細胞外にATPが存在する条件で培養ウシ内皮細胞に流れ負荷装置で定量的なずり応力を作用させると、ずり応力の強さ依存性に細胞内カルシウム濃度の上昇反応が起こることを観察した。この反応のカルシウム動員経路は主として細胞外カルシムの細胞内への流入であった。また、このカルシウムの流入には膜電位や伸展活性化イオンチャネルは関与していなかった。さらにラテックス製のバルーンで摩擦して強いずり応力を与えると細胞外ATPが存在しなくてもカルシウム反応が出現した。したがって、内皮細胞には本来流れ刺激の情報を感知してカルシウム濃度に変換する機能があって、ATPはその感度を修飾していると考えられた。細胞応答に関しては培養ラット内皮細胞にずり応力を負荷すると細胞表面の接着分子VCAM-1の量が減少し、実際にリンパ球との接着率も低下することを確認した。mRNAのレベルを逆転写/PCR法で検討したところずり応力の強さ依存性にVCAM-1mRNAが減少した。一方、こうしたずり応力によるVCAM-1mRNAの低下反応はヒトのさい帯静脈内皮細胞では起こらなかった。これらの結果はずり応力が内皮細胞の接着分子の発現を蛋白・遺伝子レベルで調節する因子の一つとして働くこと、またその作用は内皮細胞の起源により異なることを示唆している。
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