本研究では、世界最高レベルの分光感度と分解能を有するタンデムマルチパス型ブリルアン散乱装置の試作を行い、各種磁性材料の磁気定数評価への応用を試みた。完成した装置は、3+3又は3+5パスで使用することが出来る。分光器の長時間安定性を確保するため、マスターノスレーブ制御方式と時間分割制御方式を開発し、数時間以上にわたるスペクトルの連続積算を可能にした。この装置と、これまで使用してきた5パス型散乱装置の性能を比較すると、3+3パスで使用した場合、分光感度で100倍、分解能で3倍、3+5パスで使用した場合、分光感度で10万倍、分解能で5倍の性能改善を達成することが出来た。また、測定エネルギー範囲も従来の0.5meVから〜3meVに拡張され、中性子非弾性散乱の下限域をカバーすることが可能になった。本研究の最も重要な成果は、膜厚が数原子以下の超薄膜のスピン波測定と表面磁気異方性研究への道が拓かれたことにある。MBE法により作製されたAu/Fe(0〜9Å)/Au超薄膜について測定を行い、室温で膜厚2.6Å(1.8原子層)までスピン波を観測することに成功し、膜厚3Å以下で面内磁化から垂直磁化へ移行することを明らかにした。これは、面内方向を容易方向とする形状磁気異方性と面直方向を容易軸とする表面-軸磁気異方性の競合による効果である。超薄膜の磁性を理解することは、多層膜や人工格子で重要な層間交換相互作用や双極子相互作用を理解するための出発点になる。現在、反強磁性層間相互作用を持つCo系多層膜のスピン波研究が進行中である。磁性研究に加えて、金属多層膜・人工格子の表面弾性波研究、ガラス形成液体のダイナミクス研究への適用も行い、多くの成果を上げることが出来た。これらの研究を通じ、本装置が世界のトップレベルの性能を有していることを実証した。
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