研究概要 |
本研究は,自我と情念の葛藤の面から,人間とは何かを探究することを目標とした。その課題を,初年度は哲学史的観点から,次年度は科学的観点から,最終年度は哲学的観点から追跡することが図指された。その結果,大きく3つの局面で研究成果を結実させえた。 1.(1)自我と情念の問題を,美と芸術と情念の問題に収斂させると,アリストテレスから,ガダマ-にまで至る美学芸術論の成果の徹底的究明が,要求される。この課題の追求の結果,芸術作品のうちには存在の真実が結晶し,その作品化の輝きが,美となって放射され,苦悩の人生に救いをもたらすという知見が,獲得された。(2)美(カロン)は呼ぶもの(カレイン)であるという偽ディオニュシオス・アレオパギタの思想に基づいて,美と幸福との関係が,解明されえた。(3)自我の情念の葛藤の根底には,無と死の意識が潜む。無の問題は近現代ドイツ哲学の根本問題であり,死の問題も哲学すべての課題である。これらの思想の検討により,死の影のもと,没落をも辞さぬ形で,生きがいを追求してこそ,人間の救いが可能になるという知見が獲られた。 2.自我と情念の問題を,科学的探究と結びつけると,脳の科学と心の問題という一大難問が出現する。これについては,心身問題の考察が企てられ,脳と心,身体と精神の,相互的な規定関係を考えなければ,十全の人間理解は獲られないという見通しが確立された。 3.自我と情念の問題を,哲学史的な射程のなかに置き入れたとき,(1)まず,カントとドイツ観念論に関しては,フィヒテとシェリングの哲学を,葛藤を秘めた人間観として捉える視野が拓けた。(2)カントの永遠平和論を,善と悪との葛藤として捉え直す解釈の視府が獲られた。(3)さらに,現代の歴史意識の問題として捉えたとき,超越的歴史観や内在的歴史観ではない,実存的歴史観が,現代の歴史観として,結論されえた。
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