本年度は『ヨーガ・スートラ』の原典解明を中心に研究を進めるとともに、仏教との比較研究に力点を置いた。インド思想史においてヨーガ的性格のものは諸哲学派やヒンドゥ教の諸宗派にも見られるが、一般に代表的なヨーガと言えば『ヨーガ・スートラ』のそれを指している。そして『ヨーガ・スートラ』は通常サーンキヤ哲学と姉妹関係にあるとともに、仏教とも密接な関係にあることが指摘されてきた。従来の研究はそこまでであった。しかし『ヨーガ・スートラ』が異なった、あるいは矛盾する要素を孕むというだけでは不十分な認識といわなければならない。『ヨーガ・スートラ』そのものの立場に立った場合、本書が全体としていかなる性格の文献であるかを解明しなければならない。本研究においては、『ヨーガ・スートラ』に見られるこのような多面性がどのような性格をもつものであるかについて、構造論的視点から検討を加えた。 まず第一に、『ヨーガ・スートラ』における思想構造と、その中に位置づけられるヨーガ・瞑想は単に異なった要素の折衷と見ることは出来ないことを明らかにした。『ヨーガ・スートラ』は単一の作者の作品というよりも、ある思想運動の成果を集成したものであるが、第二に、その思想運動はサーンキヤ哲学派や仏教とも極めて近い位置にあり、特定の思想史的状況において作成されたと考えられる。そして第三に、この思想運動はインド思想史上もっとも活発で創造的であった一つの時代に属するとともに、『ヨーガ・スートラ』そのものがその時代を作り上げた重要な要因の一つでもあったと考えられる。 平成六年度にはこの第二・第三の点を中心に研究を進めたい。
|