本研究の目的は、ディグナーガの主著『集量論自注』(Premanasamuccaya-vrtti)の第5章「アポーハ論」の詳細な和訳研究にあった。そのため、上記の研究組織に、原田和宗・本田義央の両氏をくわえて、同書の読書会を定期的に開催した。その際、従来十分に利用されてきたとは言いがたいジネーンドラブッディの『復注』(Tika)の重要性に着目し、その和訳研究にも並行して取り組んだ。 本年度には、同書の後半部分の和訳研究をほぼ完了した。これでディグナーガのアポーハ論の全貌がほぼ明らかになったが、勿論大変難解なテキストであり、まだ十分に解釈できない個所が残ったのも事実である。この問題の解決のためには、ジネ-ドラブッディの『復注』の利用が不可欠であるが、『復注』の全体を読了するまでには至らなかった。従って、ジネ-ドラブッディの『復注第5章』の和訳研究が、今後の課題となった。 本年度の成果のひとつとして、重要な方法論的問題を提起することができる。 すなわち、大変不完全な2種のチベット語訳しか存在しない『自注』の解釈にあたっては、出来るかぎりサンスクリット断片テキストを収集して、原型としてのサンスクリット・テキストを想定した上で理解するのが最も有効な方法であるが、比較的良好なチベット訳が1本存在する『復注』の場合は、必ずしも同じ方法論が適用できないことである。かつてシュタイケルナ-教授が提案した、断片テキストの階層的処理というプラマーナ・テキスト研究の方法論を適用すべきである。
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