当初は、古代メソポタミア社会における誓約とその宗教的背景を探ることを目的としていたが、その研究の一環となる新アッシリア時代(紀元前1000〜600年)の印章の研究に着手した段階で多くの新資料に恵まれたため、主に印章研究に重点を置き、多くの新しい知見を得ることができた。 1.新アッシリア時代の銘文をもつ印章を、その銘文によって分類した結果、印章の所有者は神、祭司、王、官僚たちであった。印章の所有者は概して、その印章図像の中に、神の像の前に立つ礼拝者として表されている。当時の官僚は宦官とそうでない者がいたため、官僚の印章にはそれぞれ顎髭のない礼拝者像か顎髭のある礼拝者像のどちらかが刻まれていた。この法則の発見によって、銘文がなくても、顎髭のない礼拝者像があれば、宦官の印章と判断できるようになった。新アッシリア時代の印章の最大の特色はこの宦官の印章が大きな割合を占めるということであり、それは、当時、新アッシリア帝国内で宦官が高官として重用されるようになったことと符号する。事実、アッシリア帝国の属州を治める代官の多くは宦官であった。 2.ある印章をアッシリア市の代官(前9〜8世紀)が王の長寿を願って奉納した印章と認定いた。これは銘文が正しく読まれていなかったため奉納印章と考えられていなかったものである。この印章には図像として奉納者が顎髭のない礼拝者として表されていることから、彼も宦官であることが判明した。 3.官僚の印章図像において礼拝者と礼拝の対象を調査した結果、宦官の礼拝の対象と、宦官ではない者の礼拝の対象は異なっていないことが分かった。とくに男神ニヌルとその配偶女神グラが官僚によって礼拝されている。この理由としては、新アッシリア時代の王が、神話のなかで怪物退治の役割を与えられたニヌルタと同一視されるとう王イデオロギーがあることが考えられる。
|