研究概要 |
本研究は,前年度までの「古代ギリシアのエートスとCorpus Hippocraticum」の課題を継承して,『ヒポクラテス集成』と紀元前5世紀の歴史学トゥキュディデスの古典文献学的な方法による考察を通して浮び上ってきた,ミアスマmiasmaの観念をめぐる考察である。一般に「汚染」を意味するこのギリシア語の用いられるコンテクストは,ひんに医学あるいは自然学的領域に限定されておらず、宗教的法的さらには道徳的な意味での罪悪と,その結果生ずる災厄にも重なっている。それゆえ汚染からの「浄め」を意味するギリシア語カタルシスkatharsisの多義性と通じているのである。ここには癒し,敢し,救いに関わる,古代ギリシア社会のエートスの問題が存在している。それゆえ一つには,本研究の範囲は,古代ギリシア世界全体に及ぶこととなる。第二に、直接の文献資料も,医学・歴史・哲学の外にまで及び,これまでの私の研究領域を広げることが必要となった。本年度の研究発表物は,このため,机の上ではやや乏しい結果になったが,私のもっとも敬愛する詩人ソポクレスの悲劇について,一通りまとまりをつけることができたことは収穫であった。また現代倫理のトピックの一つであるバイオエシックスについても,私自身の思いを表現する手がかりを得ることができた。
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