文献的研究 過去の経験を語りとして捉えることから、記憶は過去の再構成といった意味合いが強い。しかしここで問題にした展望的記憶は、一方では語りとしての側面を持ちながらも、他方では展望を実行するという極めて身体的な側面をも合わせもつ。いま、この実行的側面が生活体の意図、意識のもとでなされるのであれば、それは所詮未来志向的な語りでしかない。本研究で取り上げた展望的記憶の特性は、ある意味で過去、現在、未来といった時間を超えたものであり、あくまでも「いま」の拡がりとしての未来、過去を問題にしたものである。われわれは何かに集中しているさいには時間を忘れ、ものごとに没入しているが、にもかかわらずしかるべき時にしかるべきことを何ら問題なくこなしている。これこそ展望的記憶の見事なまでの働きであるといってよい。 調査研究 具体的には、アーチェリーの行射といった運動技能を取り上げ、その技能の構成する個々の行為(スクリプト)の想起と運用の機構についての調査を実施したのである。個々の行為を実行する際の意識度、心理的時間の拡がり、行射の最終目標(行為)であるリリース(放ち)との連続性を5点尺度で評定させたのである。もちろん評定値は評定者の力量、つまり熟達の程度の違いによって当然違ってくる。そこで本研究では上級、中級、初心者の評定値を比較検討したのである。その結果、熟達に伴って展望的記憶の促進が見られ、また意識の関与も減少し、加えて心理的時間の増加が認められた。
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