9歳のときに開眼手術を受けて現在24歳になる女性(ToM)について、触覚に依拠する段階を離れて視覚を通した身体移動(歩行)行動の成立過程を明らかにしたいと考え、本年度は、(1)遠方視機能、(2)即時視機能、(3)歩行認知地図作製機能の3つの機能形成を当面の目標とした。これに加えて、(4)随時ToMに屋外をガイドなしで歩いてもらい、道路上の陰の認知及び下り階段の発見が眼で可能かどうかを主要なポイントにしてToMの歩行状況を観察した。研究成果の概要は次のとおりである。 (1)遠方視機能:識別距離を拡大するためにいくつかの方策を実施した結果、事前教示と対象定位を輔ける方策が有効であることが示唆された。 (2)即時視機能:対象を素早く捉えるためには眼球を統制して動かす機能を形成することが必要ではないか、という観察事実に基づいて、種々の条件の下でEOGによって眼球運動の記録を行い、その状況を分析した。一連の実験結果から対象の認知が容易になれば徐々にその眼球運動が統制されていくことが示唆された。 (3)歩行認知地図作製機能:特定の場所について探索を繰り返すとその場所に関する座標軸や方位軸が形成されていき、その経過に対応して認知地図が正確になっていく。いったんそのような座標軸や方位軸の形成の仕方を知ると、場所の探索回数が少なくともその認知地図をほぼ正確に描くことができるようになる経過がほぼ確定できた。 ToMに屋外をガイドなしで歩いてもらうと、陰の認知は前年度に比較すると可能になっていった。これに対し、下り階段の発見は依然として困難であった。ただし、階段の種類によってそれを発見する手がかりを作るようになり、その探索回数が増えるに従いその手がかりは変化していくことがわかった。
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