本研究では、視覚性の習慣記憶にマカクザル下部側頭回のどの領域が最も密接に関与しているかを、摘除法を用いた行動学的手法によって調べた。そのために、下部側頭回前部、中部、後部の皮質摘除をおこない、最近習慣記憶課題としての特性が注目されている図形弁別課題に対する摘除効果を調べた。さらに本研究結果を、これまで申請者が明らかにしてきた視覚性認知記憶に関する下部側頭回内の機能細分結果と比較し、視覚性習慣記憶と認知記憶に関する下部側頭回内の機能分化の存在を検討した。 テスト装置として、ウィスコンシン式一般テスト装置(WGTA)を用い、図形弁別課題を手術前にサルに学習させ、手術後の保持テスト成績を調べ、術後再学習完成後4カ月間、色弁別、空間知覚課題などパターン弁別とはまったく異種の課題を学習させ、その後パターン弁別課題の術後2度目の保持成績を調べた。 手術後1回目の図形弁別保持テストにおいて、下部側頭回後半部摘除により重篤な障害が見られた。一方下部側頭回前部の摘除によっては殆ど障害が見られなかった。下部側頭回中部の摘除によっては中程度の図形弁別障害がみられた。この摘除域による障害パターンは2回目の保持テストにおいても確認されたが、我々が先に調べた視覚性認知記憶課題における障害パターンとは全く異なる。認知記憶課題では、下部側頭回前部摘除のみが重篤な障害をもたらし、中部、後部摘除では全く障害が見られなかった。この知見とあわせ、本研究知見は、視覚性認知記憶と習慣記憶に関し、下部側頭回内に明確な機能の分離があることを示唆している。
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