本研究は近年の文化人類学による開発研究の論点を踏まえて、現代の農村開発の事例研究として、経済主義的・技術論的な開発が当該地域社会にもたらす変化、とりわけ開発の論理と既存の人間関係や社会構造との葛藤と、住民側のこれに対する認識と対応およびその文化社会的な脈絡を明らかにすべく、長崎県五島の崎山を事例として取り上げて、現地調査による観察と民族誌的な記述と分析をおこなった。 戦後この地区で農政、農協、専売公社によって三者三様に実施された自立専業農家育成のための農業開発と地域振興は、一作目への専門化と量産態勢、機械化による生産性の向上、専門的な営農指導、生産組織の再編を推進し、その結果、一旦は当初の目標であった所得増による専業農家の自立は達成された。しかし、そのあまりに急激な経済主義的・技術主義的な政策による介入は、既存の社会文化的な脈絡を軽視したため、作目別農家の生活と意識に大きな差をもたらし、かつ作目間の競合関係が深刻な利害対立にまで発展する結果となった。経済論理を優先する立場からは作目別団地形成による村落分割構想が提示されそのための助成も講じられたが、他方では、住民間の葛藤や対立を緩和するための協調と経済利潤を犠牲にした既存の人間関係と生活文化の再認識が提起されている。本論では作目別の三つの開発計画が競合しながら推進された経緯と背景、住民の側での意識と行動の多様化と開発に伴う分裂化の過程、そして旧来の社会文化的伝統の再認識の過程を記述・分析し、現代の多元的な状況下での地域内発型の開発と住民参画、開発における社会文化的な配慮のための問題を提示した。
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