本研究は、中国山地の鳥取県、島根県、岡山県、広島県の4県が県境を接する地域を広域的に対象として、民俗の分布や伝播の状況を実態調査することによって、中国山地独特の地域性を抽出しようとするものである。 当年度は、鳥取県と岡山県において集中的にフィールドワークを行った。聞き取り調査を実施したのは、以下の23地区に及んでいる。 (鳥取県日南町)上阿毘縁、宮内、河上、萩原、湯河、萩山、神戸上 (鳥取県日野町)秋縄、津地、久住 (岡山県新見市)西谷、千屋井原、千原 (岡山県神郷町)三室、上油野、下油野、上和忠、三坂、上梅田、下梅田、柳原、長久、中村 聞きとり調査においては、主として社会伝承に関する資料を集中的に集めることを中心に作業を行った。その結果、両県の中国山地地域においては、族制面では、親方・子方慣行が、民間信仰として荒神信仰と山の神信仰が広く分布していることが判明した。また村制面においては、共同体による放牧地の経営、放牧地と草刈山を目的とした入会林野の共同所有というものが、この地域特有の民俗として浮かび上ってきた。荒神信仰や山の神信仰も、牛馬の守護神としての性格が強いが、これも放牧地経営が卓越するこの地域ならではの特色と言える。 今回聞き取り調査を行った上記集落は、ほぼ例外なしに、かってタタラ製鉄を行っていたという伝承を伴っている。タタラ師たちは、定着性が弱く、中国山地を広く移動していたと想像される。一方、これらの集落は、山間部であるにもかかわらず、閉鎖性が希薄であることを特徴としている。さらに、集落としての定型性、まとまりの弱さも一つの特徴である。たとえば、共有林が複数集落にまたがっている場合もあれば、集落内が細集団化して共有林を保有する場合も多い。こういった集落の性格形成にタタラ経営の風土がかなり影響を与えたと思われる。
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