○浦賀奉行所と江戸町奉行所を対象に、江戸幕府における民意処理システムを検討するという本研究の課題は、初年度において大きな見通しをえることができた。以下に新しく獲得した論点の幾つかを掲示しておく。 ○江戸幕府には近世中期以降、民衆の側から、地域政策のあり方や民衆間の利害の衝突による無数の訴願がおこなわれるが、この紛争処理の原則は、訴訟→内済(当事者内済→仲介人立入り内済→調停的吟味)→内済の破綻による裁定、という基本的階梯が設定されていたこと。とくに内済は領主裁判体系に組込まれたとはいえ、民衆社会における自力解決能力の一定の保全とみなすべき制度であること。 ○内済段階での紛争への幕府の介入は調停的吟味の形をとるが、その調整の原則は利害特質のバランスが重視され、ときに利権を制限される当事者の一方に対し、幕府当局による積極的な説得が展開されること。 ○幕府が提示した地域政策に対し、地域社会の合意が得られないばあい、幕府はその政策を必ずしも強行せず、地域世論の動向を慎重に見極めた対応をすること。 ○地域間・集団間の対立にさいし、幕府役所は各々が所轄する地域の利害を代弁し、利益誘導を積極的にはかること。これは地域役所が地域社会の成り立ちに責務を負うからであること。 ○所轄を異にする地域間・集団間の紛争案件は、担当役人→老中→関係部局のルートによる稟議処理が作動し、各部局の意見調整を経るなかで最終的解決法が模索されること。 ○以上のような紛争処理は、江戸幕府が民意処理システムを確立しおり、民衆もまた政治的発言の場を保障されていたことを示すものであること。
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