研究概要 |
◎諸種の訴願をとおして,江戸幕府における民意処理システムを検討するという本研究の課題は,2年度目においても,いくつかの大きな見通しをえることができた.以下に新しく獲得した論点の幾つかを掲示しておく. 1、訴願の母体となる身分集団や職能集団、また諸種の地域集団は、成り立ち条件を共有した存在であり、訴願の成果は訴願に結集した範囲に還元されるから、その訴願集団は「利益集団」と定義づけられること。 2、訴願集団による利益誘導は、利益をともに享受しえない存在を新しく社会的に創出し、社会的分裂の基礎要因となること。したがって訴願論理の正当性は、あくまで訴願集団の範囲においてのみ通用する限定的正当性であって、決して普遍化できないこと。 3、訴願にみられる結合と対立の関係や範囲は、決して固定的ではなく、局面によって転換・変化すること。したがって、成り立ち条件を共有する範囲を地域住民にとっての「地域」だとしたばあい、「地域」の範囲は、局面に規定されて多元的・重層的に存在すること。 4、民意は訴願だけではなく、献策や世論によっても表明され、18世紀半ば以降、幕藩の地域政策に献策と世論の与える影響が重大化すること。領主層は、政策立案能力の限界から民衆に献策を求め、民衆も地域社会の保全をはかるために積極的に献策し、それが地域政策に反映されはじめること。 5、領主の地域政策にたいし、民衆は一揆・騒動や訴願・意見書などによって反応し、これらが地域政策の見直しや、権力内部における政局の展開に大きな影響を与えること。 6、民衆の献策動向は、民衆からの人材登用を促し、身分制的官僚制が次第にオープン化される基礎的条件を形成すること。
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