本研究は、江戸の市民に通達された幕府の法令(町触)を通じて、近世における都市行政の実態を明らかにしようと試みるものである。そのために、今年度は、既刊の『正宝事録』と『上野東照宮旧蔵町触畄』(東京都公文書館所蔵)とを主要史料として、元禄以前を中心に内容の分析を進めた。そのなかで、やや明らかになった事象としては、市民生活を維持するための施策が、かなり綿密に実施されていたことが指摘できる。従来は、強力な規制や倹約の励行などによつて、幕府が抑圧的な政策を続けていたと一般的に理解されていた。確に、抑制的な側面が存在したことを認めざるをえないが、一方では、市民生活の維持に必要な措置を決して忘れてはいなかった。例えば、市民生活にとって欠くことのできない上水の供給については、水路の補修やそれに伴う断水の通知が周到に行われているのである。このほかには、町触の伝達形式についても新事実が浮び、町々の月行事の役割を再検討する必要を感じている。 史料の充実を計るために、新たに「布告留」「町触」「正宝録続…(1〜5)」(以上国会図書館所蔵)、「市中御触留」(東北大学図書館所蔵)「拱要永久録」(都立公文書館所蔵)、「天保政要記」(東京都立中央図書館所蔵)などの写真複製本を作成入手した。このうちの一部は外部の筆写人に依頼して筆写原稿を作成した。また、原稿の整理と分析に関して筆写などに若干の協力を求めた。一方で、『正宝事録』を増訂した『江戸町触集成』を刊行する作業を平行的に進め、今6年2月に第一巻を刊行した。
|