研究概要 |
ガンダーラ仏教美術は、東西の文化が不思議なほど見事に融和してできあがった事例である。国際化が進む現代の社会現象を考える上でも興味深い。しかし、ガンダーラ美術の歴史的背景についてはまだ謎の部分が多い。今回の研究課題もその解明の一端を担うものである。私がこれまで従事してきたパキスタン、アフガニスタンの仏教遺跡の発掘調査(1960-1989)などにより、ガンダーラ美術の生成、発展に中央アジア出身のクシャン王朝が大きく関与していたことが判明してきた。クシャン民族は中央アジアからガンダーラ(現パキスタン北部)に侵入し、そこを拠点にインドや漢・六朝時代西域に支配力を拡大した。シルクロード・ネットワークの掌握であった。そうした国際環境のなかで、インド仏教文化と初めて接触した中央アジアのクシャン民族が固有の信仰を幾分残存させながら、かれらの宗教、芸術活動としてガンダーラ美術を創造し、石彫をはじめとする多くの文化遺産を今日に残した。今回発表した研究論文「ガンダーラの瑜伽師と弥勒信仰」は、ガンダーラ仏教美術にはじめて登場する弥勒菩薩像とその信仰をとりあげ、未来仏弥勒(ミロク)の思想がクシャン民族本来のゾロアストラ教的救世主思想とインド仏教の混合、とくにヨーガ実践者(瑜伽師)がクシャン人のために仏教にとりこんだ思想であったことを論証した。 また一方,日本国内に所蔵されるガンダーラ美術作品も近年増加しつつあり、弥勒菩薩像にかかわるもの、および新収のガンダーラ彫刻の資料調査のため、東京、京都を中心に数回の国内旅行をおこなった。研究図書(備品)としては、『インド考古学年報』(1902-37)29冊(復刻)を購入した。今世紀初にガンダーラ美術がどのように調査、発掘されたかを知るうえで必須のものであり、有用であった。
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