慈円の和歌活動を解明するためには、家集「拾玉集」に依拠しなくてはならないのは自明である。しかし、家集の複雑な成立事情を反映してか、テキストの実態は極めて錯綜の様相を呈している。例えば、五巻本系統本に記された校異・注記は、単に伝本間の異同を記するというだけでなく、七巻本系統本の本文を反映している点で、底本と対立する性格を持っていることである。 さて、従来の伝本研究の成果からみても、五巻本系統本を中心に据えるべきであるが、特に青蓮院本は室町期の書写で成立事情も判然としており、校異・注記などの正確さから最善本と思われる。そこで、本研究の中心的作業は、五巻本系統本の他伝本による校合(校訂をも含む)にあったのである。この系統本に属する、(1)国立歴史民俗博物館蔵「高松宮本」、(2)陽明文庫本、(3)宮内庁書陵部御所本の内、(2)は撮影・写真頒布が許可されておらず、国文学研究資料館蔵の紙焼写真による校合作業が難航したことを特記しておきたい。 ところで、五巻本系統本に付された校異・注記を中心とした校合作業によって、(1)(2)(3)の各伝本に付されている校異・注記は青蓮院本のそれを転写したもので、正確さにおいて青蓮院本を越えるものでないことが明確となった。同時に、この校異・注記が七巻本系統本の本文を反映している点を取り上げてみても、青蓮院本に克明に記された校異・注記を忠実に校訂し、復元することの優位性を確認することに至ったのである。
|