『平家物語』・『保歴間記』諸本の対校作業を行い、『保歴間記』のもととなった『平家物語』本文の性格が、読み本系諸本の本文、とりわけ四部合戦状本(四部本)と源平盛衰記(盛衰記)との共通祖本として想定される本文に最も近いとの結論を得た。即ち、読み本系『平家物語』全体の共通祖本から四部本・盛衰記共通祖本の方向に一歩踏み出した本文が、『保歴間記』に影響を与えたことが確認できたわけであり、これによって、四部本・盛衰記共通祖本の実在が証明されたと考える。従って、読み本系諸本が、従来考えられていたように、延慶本・長門本・盛衰記と四部本・源平闘諍録・南都本との二系統に単純に分かれるわけではなく、複雑な枝分かれを想定せねばならなくなったわけであるが、同時に、四部本・盛衰記の現存共通本文からは、両本の共通祖本が、延慶本的本文からの抄出を重要な側面として成立したことが推定できる。つまり、説話を多く取り込む形で成立した本文から、編年的史書の色彩の強い本文へと改作された段階があったこと、そしてそうした本文が一時期ある程度の影響力を有したことが考えられよう。 以上のような成果は、中世文学会・平成六年度秋期大会(於:椙山女学園大学)において「『平家物語』と『保歴間記』-四部本・盛衰記共通祖本の想定-」と題して発表した。その結果、同学会の委員会より、機関誌「中世文学」40号(平成七年五月発行予定)への論文執筆を依頼され、既に原稿を提出している。 今後、平家物語の古筆切などを資料として、上記のような成果をより確実なものとしてゆくと同時に、読み本系諸本の複雑な系統について、より明確な見通しを得られるよう、研究を継続してゆく予定である。
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