本研究は、英国第2世代の印刷の代表であるウィンキン・ドゥ・ウォードのテキスト編集・印刷ぶりを分析することにより、著作権萌芽期の「本文意識」の実態と変容の解明を意図したものである。 写本時代とは異なり、特定庇護者の代わりに、一般読者をえた同時代作家の作品を、貴族の庇護下ではなく商売として出版しはじめた第2世代印刷家の本文に対する意識は、作者の監視と読者の文学趣味への配慮との間で先鋭化し、変化を遂げた。この著作権(authors' rights;copy-rights)の胎動期に観察される、自由な作品受容者としての態度と、作者自筆稿本を忠実に再現する態度との間の振幅を、自ら新旧の本文意識を体現するドゥ・ウォードの仕事ぶりを分析することにより確認し、当時固有の「本文意識」を明らかにした。 具体的には、1)初期印刷本において本文異同が生じる仕組み(意図的、技術的)を明らかにし、2)書籍出版業組合の記録から「著作権」の実態と歴史的変容を調査したうえで、3)ドゥ・ウォードが、過去の無名作家の作品の出版に対して、出版当時の文学趣味に配慮して言語を古風化したこと、4)評価ある過去の作家の作品出版に対しては、「正確な本文」を序文で謳うという近代意識を覗かせながら、実際には、安易な本文づくりを行たこと、5)庇護者のある同時代作家の作品出版に対しては、庇護者の意図をくみながら、正確な本文を目指したこと、6)庇護者のない同時代作家の作品出版においては、作家の存命中は原稿に忠実な本文をつくるが、死後は読者や時代の趣味を優先して再版を行ったこと、を明らかにした。 写本時代とは異なり、「作者の本文」に対する尊敬という強い意識が生まれたことは明らかであるが、それでもまだ近代の本文意識(法律上、著作権は1709年に確立)にはほど遠いものであった。
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