研究計画1年目である本年は、精神医学関連基本文献の調査と分析に大半の時間を費した。18世紀末からの医学史、医学思想史の中で「神経症」がどのように位置づけられてきたかを研究した。さまざまな変転はあるものの、「病識はあるが器官および機能の障害がない」症状として一般的に定義されうるこの神経症は、病巣を特定(局所化)できない「あいまいな」病気として、今日なら躁うつやストレスによるノイローゼにあたるものと考えられた。だから社会に適応のできない人間、抑圧された女性、心身のバランスを欠いた人間などにあらわれるものとして、文学の中に好んでとりあげられたのである。本年度は特にプルーストとフローベールについて、具体的なパノーグラフィーとテクスト分析を行った。前者では特に喘息とむすびついた形の神経症として、後者では神経発作と神経過敏の問題として、生活・思想・創作の全体に影をおとしていることが分かった。プルーストの場合、シャルル・スワン、レオニー叔母、そして「私」といった人物像に、神経症があらわれていて、書簡とパラレルに読んでいくと、重要な誤解の手がかりが得られた。フローベールについては、『ボヴァリー夫人』をこの見地から分析することができた。その研究成果は執筆中の論考(書物として来年刊行予定)にまとめる。
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