東京地裁の明治32年から昭和20年までの民事判決原本約1400冊を調査し、離婚関係判決約1700件を蒐集し得た。(原本が厚翰のために謄写不鮮明の箇所については来年度原本と照合しながら補綴作業を行う。)その離婚原因で多いのは、3年以上の生死不明、悪意の遺棄、「同居ニ堪ヘサル虐待」「重大ナル侮辱」、処刑であった。その中に、これまで全く知られていない「破綻主義」の視点からの注目すべき判決を数多く見出すことができた。すなわち明治31年民法は有責主義かつ離婚原因の制限列挙主義を採用したのであるが、第813条第5号「配偶者ヨリ同居ニ堪ヘサル虐待又ハ重大ナル侮辱ヲ受ケタルトキ」の解釈で、裁判所は当初はその行為の苛酷性ゆえに離婚原因としての虐待に該当すると判示していたが(明治43年3月17日判決など)、次第にその行為そのものの苛酷性よりも、その暴力行為の主たる原因を形成している婚姻関係の破綻の有無を重視するようになる。たとえば大正14年8月5日判決は、被告(=夫)の原告(=妻)に対する待遇は極めて冷淡であり、これを嫌悪すること甚だしく、かって原告が病臥の際も、被告は全然看護せず、原告が行商売薬人より薬を買い求めて服用しようとしたが、被告は甚だしく原告を叱責し服用することを許さない。この事実は「同居ニ堪ヘサル虐待」に該当するとする。昭和17年9月7日判決でも夫の暴力の背景に婚姻関係の破綻があることを認定して第5号を適用している。また大正15年4月7日判決では被告(=夫)が原告(=妻)に対しその事実がないにも拘わらず、情夫あり、原告は売笑婦なりと罵り、足蹴にし殴打したのは、配偶者に対する「重大ナル侮辱同居ニ堪ヘサル虐待」であるとする。現行民法で「破綻主義」が採用される以前に裁判所では以上のような「破綻主義」法理の展開がみられるのであり、この仮説の論証のための判例分析が来年度の課題である。
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