本研究は、タイ民商法典を中心的な検討素材とし、同法典と日本民法典との関係を考察することを具体的焦点とする継続的研究であり、本年度がその最終年度であった。本年度の研究にあっては、タイにおける西欧法の継受を概括的に検討した前年度の基礎研究に接続するかたちで、タイ民商法典自体に照準を絞り、同法典と日本民法典との歴史的関連性を意識した研究を推進した。国内における、タイ民商法典ないしタイ民事法に関する研究資料・文献の入手には限界が痛感されたが、国内にあって可能な限りの文献渉猟を通じた右研究の成果として、大略、次のような新たな知見を得ることができた(その一部は、「タイ民商法典の比較法的考察〈序説〉」と題する論稿として近く公表される予定である)。1.〈タイ民商法典の具体的内容〉については、ドイツ法・フランス法・スイス法・イギリス法などの影響が見られるほか、日本法(ことに、日本民法典)の直接的影響が看取されること。比較法的に稀であると判定される日本民法典の規定(たとえば、危険負担に関する日本民法534条など)がタイ民商法典中の規定(たとえば、タイ民商法370条など)にそのまま摂取・投影されている。2.〈タイ民商法典の編纂過程〉については、政尾藤吉博士が法律顧問として同法典の編纂に直接かかわったこと。限られた日本側の資料からも、同法典の成立に政尾博士が主体的に関与したことが検証される。3.〈アジア法への展望〉については、アジア社会における西欧法の位置を考察するうえで、タイ民商法典が日本民法典と等しく格好の素材であること。今後は、タイ国における国際学術研究の機会を得て、タイ民商法典に関する原資材やタイ語文献などをも駆使し、より具体的かつ詳細に、タイ民商法典の比較法的考察が展開できるよう期待される。
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